“もの”が語り、桜が示し続ける
後世に語り継ぐことで、助かる命がある
言葉や写真では伝わらない”メッセージ”
震災後、私たちはこれまで見たことのない光景をいくつも目にした。陸に乗り上げた大型船、基礎ごと横倒しになったビル、津波の圧力でねじ曲がった道路標識、ビルの上に乗り上げた車や船……。瓦礫の撤去作業が進む一方で、一般社団法人MMIX Labではこれらのものを”残す”プロジェクトを立ち上げている。教員を務める宮城教育大学で被災したMMIX Lab代表・村上さんは、すぐに他のNPOと連携して『3.11NPO+』を設立し、行政の手で行き届かない避難所へ物資提供を行なっていた。やがて緊急支援が落ち着きを見せはじめた頃、美術家として”アートに何ができるか?”という疑問にひとつの答えを導き出す。
「緊急支援で沿岸部に日用品や食糧を運んでいたとき、原型をとどめないような強烈な光景に衝撃を受けました。そして、これはきちんと残して後世に伝えていくべきだと考えたんです。映像、写真、証言、科学的データは多くの人が残しています。それも非常に重要なことですが、最もメッセージ性があるのは実際の”もの”を残すことだと思いました」
現在、村上さんは宮城県沿岸部を中心にリサーチを行いながら、各自治体に協力を呼びかけている。瓦礫の撤去作業は日々進行しており、このプロジェクトは時間との勝負でもあるが、成立させるためには地域住民の賛同も必要不可欠だ。
「目の前で被害にあった方々ですから、やはり”もう見たくない”とか、”はやく片付けてくれ”という声がないわけではありません。ただ、大切なのは今の判断だけではなく、次に生まれてくる子どもたちに伝えていくこと。次の世代が通常ありえない状態のものを見て”どうしてこんなものがあるの?”と、会話が生まれます。そうして話がつながっていくことで、同じような被災を繰り返さない。語り継ぐことで命が助かるのであれば、それでプロジェクトは成功だと思っています」
私たちが目にした光景、被災した人々の体験を”データ”ではなく、そこにある”もの”に語らせ、伝えていくのがMMIX Labが試みる『3.11メモリアルプロジェクト』だ。そして、同時に津波がどこまで来たかを示す『桜プロジェクト』も進めている。
「『桜プロジェクト』は、津波が到達したところに桜の苗木を植えるというものです。年数を重ねるごとに桜並木が増え、震災が起こった3月から5月にかけて桜が咲く。それによって、同じような津波の被害を繰り返さないメッセージを伝えていけたらと考えています」
“創造力”がより良い町をつくる
『3.11メモリアルプロジェクト』『桜プロジェクト』は今後何年にも及ぶ長期的なプロジェクト。村上さんは、地域の人々にこうしたメモリアル的な存在を組み込みながら新しい町の設計をしてもらいたいと考えている。
「これだけの被害を受けたわけですから、もと通りにするだけでは意味がないと思うんです。今以上、これまで以上にならないといけない。そうしたときに、必要になるのは”創造力”なんです。気仙沼のケーキ屋さんとお話したとき、ご主人が”家も職場も流された。でも、自分たちにはレシピが残っている。レシピさえあれば再建できます”と言われたんです。そのとき、”どんな状況でも、創造力があれば新しい道を切り開ける”と思いました」
震災以前の町に”復旧”するのではなく、創造力を働かせ、新しい機能を持った町へと”復興”させる。それが村上さんの思い描く”町づくり”だ。
「1000年に一度とも言われる自然の災害で、人間の力では考えられないものが残されました。これは、広島の原爆ドームのようにひとつの芸術文化の資源と考えることもできます。『3.11メモリアルプロジェクト』も『桜プロジェクト』も、MMIX Labだけでできることではありません。被災した町の方々に同意を得ながら、一緒に進めていきたいと考えています。また、日本国内、世界中の方々も無関係ではありません。ひとりひとりが、こうした活動に興味を持って、支援をしていただけることが理想だと思います」
釜石市にて陸に上がった船。
津波によって形の変形したドラム缶。
(取材日:2011年7月8日 宮城教育大学にて)
Photo : Izuru ECHIGOYA