生まれ育ったふるさとで 持続可能な集落をつくる

三陸海岸の最南端にある牡鹿半島。中でも一番小さなわずか9世帯の集落・蛤浜で生まれ育った亀山さん。かつて妻と二人で暮らしていた生家を拠点に、浜からはじまる地域再生のプロジェクトをスタートした。浜から半島、そして石巻全体へ。それは新たな「豊かさ」を創る挑戦でもある。

*この記事は「わわ新聞13号(2014.11)」に掲載されたものです。紙面記事はこちら

3_蛤浜

泥かきからはじまった 新しい浜づくり

亀山さんがプロジェクトを始めようと思ったきっかけは「このままでは故郷がなくなってしまう」という危機感からだった。最愛の妻を津波で失い、職場も被災、辛い時期を過ごした。1年後浜に戻ってくると、集落の家は3世帯にまで減っていた。
 「大好きな浜の暮らしを残していきたい」。地域の人たちの賛同とともに動き始めたプロジェクトだが、道のりは順風満帆とはいかなかった。そんな中で出会ったのが、ボランティアとして石巻に住み続けていた現在の仲間たちだった。泥かきから始まった仲間たちとの活動は、ついには年間1500人ものボランティアを巻き込んで、「蛤浜再生プロジェクト」と名づけられたプロジェクトの実を結んでいく。
 生家を仲間たちと改築した「カフェはまぐり堂」のオープンをはじめ、自然学校、ツリーハウスなど、次々とアイデアを実現してきた。限定1組の浜の宿も、オープンに向け準備が進んでいる。いま蛤浜には、年間1万人以上の人が訪れる。だが亀山さんの目的はこの場所に人を呼ぶことだけではない。「ここの暮らしにどう繋いでいくか。地域に還元していかなければ意味がない。地元の方たちと足並みを揃えてやることが大事。いくらノウハウがあっても、人の信頼という土台があってこそ」。
 最終的な目標はこの浜から半島、石巻全体をよくしていくことだ。六次産業化や学びの要素を取り入れ、地域をはじめ、学校や他の団体との連携もさらに強めていきたいと考えている。

豊かさを再発見し つなげていく 

「足るを知るということを感じれば、どこでも幸せを感じられる。自分たちの役割は、先代のいいところと、今の時代のいいところを融合させた新しい時代をつくること。この場所に人がたくさん来て、何倍もおもしろいものができる。それができる体制がここにはある」。この浜には生活の「豊かさ」がある。そしてその「豊かさ」を引き出し、伝えていく場がある。
 人口減少と産業の衰退が進む日本社会で、しっかりと地に足をつけながら地域とともに歩む、その思いはいつでも生まれ育った浜とともにある。

 

3_亀山プロフィール

亀山貴一 かめやま・たかかず
宮城県石巻市の牡鹿半島で一番小さい集落である蛤浜で生まれ育つ。宮崎大学出身。2013年3月まで宮城県水産高校に7年間勤務。「蛤浜プロジェクト」「一般社団法人はまのね」代表理事。

 

文:わわプロジェクト事務局

 

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