私たち人類はこれまでに多くの自然災害や戦争などを経験してきました。 そして、そこから得た悲しみや気付きをいろいろな形で継承してきました。 ここでは国内におけるダークツーリズムの第一人者である井出明さんと一緒に、さまざまな手法やそこに込めるべき意味についても考えていきます。
*この記事は「わわ新聞12号(2014.8)」に掲載されたものです。紙面記事はこちら
記憶の承継手法
自然災害をはじめとして、我々は悲しみの記憶をどのように次世代に受け継いでいけばいいのでしょうか。それにはいろいろな方法が考えられます。
例えば、阪神・淡路大震災の悲劇を承継するために年末に開催されている神戸ルミナリエは、すっかり神戸の風物詩になり、まるでお盆の送り火のように亡くなった人を厳かに弔います。こうしたイベントで、悲しみを忘れないという手法も大切でしょう。また、東日本大震災の被災地は、古来から津波の多いところでありました。この地域では、津波が来たらまず自力で高台に逃げるべきだという考え方が息づいており、この「津波てんでんこ」の考え方は、近年物語としても取り上げられています。もちろん、博物館を建てて、記憶を残すとともに教訓を学ぶということも大切だと思います。
さらに最近では、AR(拡張現実)と呼ばれる新しいデジタル技術を用いて、スマートホンで被災直後の写真を見られるようにもなってきています。
【さまざまな手法を見てみよう】
記憶や想いを伝える方法はさまざま。 ここでは6つのキーワードとともに国内外の事例を紹介します。
①イベント
神戸ルミナリエ (日本/神戸市/1995年〜)
阪神淡路大震災犠牲者への鎮魂とまちの再生の意を込めたイルミネーションのイベント。震災発生の年から毎年12月に行われており、2週間の期間中に400万人もの人が訪れる。
②遺構
土石流被災家屋保存公園 (日本/長崎県/1999年完成)
1992年に雲仙普賢岳の土石流災害では、被害にあった家屋を移設・保存し、道の駅に併設した。この地に起こった自然災害を知ることができる場所として、たくさんの人が訪れている。
③文化コンテンツ
絵本『てんでんこ―大津波伝説』 (日本/2012年発行:ひつじあかね著)
3.11の気付きを、地域に根付いた祭、民話、歌などで残そうとする動きもある。2012年に発行された大津波の伝説を語り継ぐこの絵本も、子どもと一緒に読んで語り継ぎたい内容をストーリーにして残している。
④碑、モニュメント
ホロコースト記念碑 (ドイツ/ベルリン/2005年完成)
17年の構想期間を経てベルリンの中心地に完成した、ナチスによって大量虐殺されたヨーロッパのユダヤ人犠牲者を慰霊するための大規模モニュメント。広大な敷地に約3千のコンクリート柱が立ち並ぶ独特の設計で、人類の犯した過ちを負の記憶として刻んでいる。
⑤博物館、資料館
アチェ津波博物館(インドネシア/アチェ/2009年完成)
16万人以上が犠牲となったスマトラ島沖地震では、被害を語る博物館が、被害のひどかったインドネシアの都市・バンダアチェに震災から約5年後に開館した。現在は世界中から観光客が訪れている。
⑥デジタル技術
DARK TOURISM SENDAI(ダークツーリズムセンダイ) (日本/宮城県/2013年〜)
語り部やガイドによる宮城県内の被災地ツアーを収録したアプリ「ダークツーリズムセンダイ」は、GPSの位置情報で語り部音声の再生コントロールし、被災地との距離に応じてより詳細なエピソードが聞ける。また、石巻の「つなぐ館」ではAR技術を利用した防災プログラムを実施するなど、注目が集まる分野だ。
⑦人がつながる場所
みんなの家(日本/東北/2011年〜)
東日本大震災後、人と人がゆるやかにつながる場所が各地に生まれた。建築家の伊東豊雄氏による「みんなの家」もそのひとつで、釜石をはじめ新しいまちの再生に向け、コミュニティを育むかけがえのない場所として定着している。
考えてみると、記憶の承継手法はこのように多岐にわたるのですが、遺構の保存は非常に大きなインパクトを持ちます。原爆ドームの前に立った時、それが来訪者に語りかけてくる力に圧倒された経験がある人も多いかと思います。
遺構の保存に関しては、誰もが諸手を上げて賛成というわけではなく、引っ掛かりを感じる人も多いかもしれません。しかし、悲しみの記憶はあるものの、それを化体した遺構がない地域では、なかなかその悲しみは承継されていきません。辛く悲しいを経験した地域であっても、遺構が失われてしまったことで、そうした記憶が忘れ去られてしまったケースがあることを知っておいてください。特に亡くなられた方が多い場であれば、その記憶を確かなものにするために、遺構の保存は積極的に検討されてよいかと思います。
ダークツーリズムとは何か
これまで述べたイベント、伝承、博物館、ARそして遺構の保存は相互に排他的なものではなく、それぞれが補完しあうことで悲しみの記憶をより確かに受け継いでくれることでしょう。そして、地域と結びついた悲しみは、その地を誰かが訪れることによって周囲に伝播していきます。戦争や災害、そして事故の現場など悲しみの地を訪れる旅は、海外では「ダークツーリズム」と呼ばれ、一般的に知られた概念です。広く海外と悼みや悲しみを共有し、承継していくために、この言葉が持つ力を感じていただければと思います。単なるレジャーとしての観光ではなく、悲しみを承継する旅、それがダークツーリズムなのです。
もちろん受け入れる被災地の側が無理をしてこの言葉を使う必要はありません。ただ、来訪者が「ダークツーリズムの旅をしている」という言い方をした時、その旅人が真摯に人の死を悼み、悲しみを受け継ごうとしていることは受けとめてあげて欲しいのです。私はダークツーリズムという言葉と考え方が浸透するにつれて、戦争、災害そして事故などにおける個別のゆくたてを越えた悲しみが広く共有されるのではないかと考えています。こうした悲しみは、時空を超えて世界各国で繰り返し生じてきた悲しみです。旅を数多く経験するうちに、各地のさまざまな悲しみの記憶が心に刻まれることになるでしょうし、そうした悲しみを知ることによって、さらに広範な協調や連帯の輪をつくることができるかもしれません。ダークツーリズムはこうした可能性を秘めた旅でもあるわけです。
文:井出 明(いで・あきら)
観光学者/追手門学院大学経営学部准教授。社会情報学とダークツーリズムの手法を用いて、東日本大震災後の観光の現状と復興に関する研究を行う。共著に「観光とまちづくり―地域を活かす新しい視点」他
事例紹介文:わわプロジェクト/イラスト:遠藤麻衣