いわて連携復興センター

活動地域:岩手県釜石市

インタビュー:鹿野順一(かの・じゅんいち)

釜石市の町に賑わいを取り戻そうと、2003年からまち活性化の活動を行っていたNPO法人で、中心となって活動してきた鹿野順一さん。東日本大震災の直後から、NPOには支援先を探す県外の団体や企業からの問い合わせがひっきりなしに舞い込んだ。支援を必要とする現場につなぐうちに岩手県内全域のNPO法人とつながりができ、中間支援組織となる特定非営利活動法人を立ち上げた。釜石市の止まらない人口流出に危機感を抱きながら、起業する若者や活動を続ける団体の存在に期待を寄せている。震災から6年目以降を「復興の正念場」ととらえ、震災前よりもいい街にしていこうと走り続けている。


「復興の正念場」はこれから見通しを持つことで頑張れる
市民ロードマップを基に、さらに前へ

「あり得ないつながり」で
プラスのインパクトも

岩手県内では震災後、「地元で頑張ろう」という思いを持つNPOや社団法人など100を超える組織体ができました。その背中を押したり、横からサポートしてきましたが、助成金や行政の委託事業、寄付など資金が底を突き、活動を終えたケースもあります。中には、自分たちで収入を得ることの必要性に気付き、クラウドファンディングで資金をつくり出す人や、組織を運営することから経営することへとシフトできた団体は継続的な活動が期待できます。嬉しいのは、起業する若い人達が見えてきたこと。本業を持ちながら人の交わりや社会実験を手がける様子を見ていると、既存の雇用とは違う、新たな産業に結びつく芽が出てきていると感じています。

僕らは残念ながら被災地になった代わりに、リクルートやヤフージャパン、IBMといった大手企業と、通常はあり得ないつながりをもらえました。「若い人に何かを生み出す経験をしてもらおう」とマイクロソフト社と始めたロボットを動かすプログラミングのワークショップは現在も行っています。釜石では、地域外へ転居する人が増えています。だからこそ、若い人には生まれ変わっていくこの街で、地方でも新しいことができるというプラスのインパクトを受け取ってほしい。

今年度で国が定めた集中復興期間が終わります。つまり、今後は被災行政が自分たちで復興を進めます。だから、岩手・宮城・福島の被災三県で復興に関わるメンバー、阪神淡路大震災など国内地震災害からの復興等に関わってきた外部有識者らと検討を重ね、6年目以降の復興について市民目線で発信する「市民がつくる復興ロードマップ」を今年6月、完成させました。来年以降の5年間を「復興創成期」ととらえ、目指したのは、「すべての被災者が恒久住宅に暮らし、社会生活をきちんと営むことができる」こと。被災の種類や度合い、地域が違っても、「被災者」と呼ばれる人が元の生活に戻るプロセスは同じだから、岩手、宮城、福島における“最大公約数”をまとめました。

「いつか来る」と言われていたことを、僕らは経験してしまいました。東京の人は、今日、首都直下地震が起きると想像しているでしょうか?予想していない事が起きた時、人は一人では生きていけません。復旧復興する時には、30年、40年前の日本各地にあった地域コミュニティが必要とされます。日常べったりなつながりではなく、必要な時に扉をノックして声掛けできる関係性や、どこに小さな子ども、お年寄りがいるかを知っておくこと。必ず、次の災害は来る。だから、今のうちに思い出しておくといいと思います。

「明日も生きる」
その思い

7月中に2度、大地震から4ヶ月が経った熊本に伺いました。熊本でもやはり、自分たちがこの5年、意図しないままにさまざまなつながりを得て来たのと同じように、支援しようとする人たちが現地で頑張っている人たちを探していました。被災者であり、支援する側の経験もある僕ができることがあるはずだと思い、何人かの方とつながってきました。

これからどうなるかわからないけれど、何とか自分ごととして受け入れようとされる方々の姿は、5年前の自分を見る思いでした。東北でどんなことがあり、自分たちにはこれからどんなことが起きるのか聞きたい、という声もたくさん聞きました。かつて、神戸で被災し、支援に入ってくださった方から「僕らの過去が、君たちの未来だよ」と言われたことがあります。だから僕らには、自分たちの経験を伝える役割があると思っています。今度は、僕らが作ったロードマップを持って伺い、「待っているだけでは復旧復興は、進まないですよ。一緒に考えてみませんか」と、考えるお手伝いをしようと思います。

復興を着実に進める上で一番大切なのは、見通しを持つことです。計画を立てても次のステップに進めない人は必ず現れます。でも、たとえば「自分が暮らしていたあの場所で、もう一度生活したい」という目標があれば、頑張れる。僕もそう。震災で大きなものを失った。でも、縁に恵まれて新しい家族ができ、子どもが生まれたことで「明日も生きる」と思えています。多くの大小の課題にぶつかり、そのたびに解決する方法を身に付けてきました。それは並大抵のことではなかった。でも、僕らはこの街にずっと住もうと思っていて、復興した先は、前よりもいい街にしようと思っている。挑戦に終わりはありません。

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ロボットの構成を考えて、組み立てて、動かして…。自分たちのアイデアを、自分たちのスキルで形にする経験は若者たちの大きな自信と財産になる

(取材日:2016年8月)
photo:hana ozazwa

鹿野順一(かの・じゅんいち)
いわて連携復興センター代表理事。1965年岩手県釜石市生まれ。震災直後、岩手県内のNPO法人メンバーたちと“地域住民による地域再生”を目指し、中間支援組織となる特定非営利活動法人「いわて連携復興センター」を立ち上げる。各方面からの支援団体と地元の団体をつなぎ、地域に芽生えた活動を後押ししてきた。震災から5年が経ち、国が定めた集中復興期間が終わることを見据え、岩手・宮城・福島で連携して今年6月、「市民がつくるロードマップ」を作成した。

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