株式会社 鈴木酒造店

インタビュー:鈴木大介(すずき・だいすけ)

福島県浪江町請戸地区に蔵を構えていた鈴木酒造店は、津波で蔵が流され、福島第一原子力発電所の影響で避難を余儀なくされた。故郷に戻ることが許されず、アイデンティティが揺らぐなかで「浪江町のものを残してくれ」という地元の人からの声を受け、鈴木さんは再び酒造りを行うことを決意。南会津郡の蔵元「国権酒造」の一部を借りて再開した後、山形県長井市にて「鈴木酒造店 長井蔵」を開業。2016年春より、新たな事業として酒粕から肥料をつくり、長井市と福島市で実験的に栽培を開始。将来的には浪江の農業復興にも役立てたいと鈴木さんは語る。

人がいなくなってしまっても、
未来志向で動かなければ、そこで生きた証も残らない。

酒造りの向こうに見える
故郷の姿

5年前にここ山形で蔵を構え、長井蔵ではもともと自分たちがつくってきたブランド「磐城壽」、前蔵である東洋酒造で製造されていた銘柄を引き継いだ「一生幸福」のほかに3つのブランドをつくりました。そのうちのひとつ、震災から2年目につくった「親父の小言」は、浪江町が出自のものなんです。「朝きげんよくしろ」「亭主はたてろ」など、50弱の文句があるんですが、これをすべて守ると家庭円満にいくと言われている。自分たちは原発事故の影響を受けていますから、社会のいちばん最小単位である家庭の絆を大事にした商品をつくりたいなと思い、「親父の小言」の商標を持っていた浪江町の商社と一緒につくりました。

これまでは本当に自分たちの酒造りをきっちりやるんだという感覚でしたが、今は場所も環境も変わりましたし、本当に支援してくれた方も大勢いらっしゃいます。その人たちの想いを、今度は繋ぐ役目になっていかなければと思います。また、浪江町でいち早く除染が進んだ酒田地区では米の実証栽培が行われ、収穫された米は放射性物質検査の結果、県酒造組合が定めた放射性物質濃度の自主基準(1kgあたり10ベクレル)を下回りました。その米を使った「希(ねがい)」と「望(のぞみ)」を昨年つくりました。

2017年の3月、浪江町は帰町宣言をする予定です。ただ、町は3つの区画にわかれており、そのうちひとつは長期帰宅困難地域になっているので、何十年かかるかわからないですけど、しばらくの間は戻れません。地域ごとに復旧に向けた動きはばらつきがありますが、帰町宣言をターニングポイントとしていろいろな人たちが交流できる土地になっていくんじゃないかなと思います。浪江町にも、たくさんの人が集まるさまざまな祭がありました。春は花見をしながらの花火大会、夏は相馬野馬追、秋は十日市。場所が変わってもずっと続けてきていたんですが、毎年集まる人の数は少なくなってきています。帰町宣言されても、町に帰る人は3割を切るとも言われています。そうなると、浪江町が消滅する可能性もある。きちんと次の世代に繋いでいくためにも、自分たちの世代ができることをしっかり話し合ってやろうと、今年から事業主で集まって浪江町内でどういう方向で事業を再開するかの勉強会をはじめています。

新たな土地での経験を
未来へつなぐ

この間、契約栽培をお願いしに農家さんのお宅に伺ったんです。そこで在来野菜のベニバナで漬けた漬物をいただいたんですね。お皿に盛られた野菜を見て、その土地で育まれた文化というか、時間の積み重ねがすべてあると感じました。浪江町は今、それをすべて失っている状態なんです。本当にこのままではすごく悔しいと、そのとき思いました。浪江は田舎町なので三世代同居が多かったんです。おじいちゃん、おばあちゃんが取ってきた野菜を、お母さんが漬けるっていうのが当たり前の光景で。それが原発事故でバラバラになってしまった。農業や漁業再建といったときに、浪江独自の料理の仕方だったり、祝儀不祝儀のときのしきたりだったり、そういうのを残しておかないと地域の魅力を上手に発信できなくなる。わたしの商売上、飲食店との繋がりもありますし、そういった浪江の食文化みたいなものをきちんとデータ化して浪江の暮らしの息吹を残しておかないといけないなと思っています。

たまたま、私たちは山形県長井市に来たんですけど、この土地は環境に対してすごく意識の高い町です。豊かな水源になっている森に対して、一切開発の手を入れないという条例もあり、国内で最初に市内の生ゴミを集めて安心安全な農産品をつくる地域循環型の試みをはじめたところなんです。それを目の当たりにして、自分たちの商売でも何かできないかと意識しています。そのひとつとして、今年の春から酒粕から肥料をつくり、長井市と福島市で実験的に栽培をはじめています。酒粕は買い手がいないと産業廃棄物になってしまうんです。ムダになるものはつくりたくない。将来的には浪江町の農地で使ってもらって、浪江の農業復興であったり、長井で育てられる在来野菜に使ってもらいながら地域のブランドをつくっていければと思います。

酒粕を肥料をつくるには、アルコールを抜く必要があるのですが、抜いたアルコールは焼酎になるんですね。浪江で事業再開するとなると、醸造設備も揃えなければならないですし、資金的に苦しいなかで多額の費用を費やすのは賭けです。なので、こちらでつくった焼酎を浪江に持っていき、向こうの農産物と合わせてリキュールをつくるところからはじめようかなと考えています。それなら場所があれば設備も少なくてできます。ようやくそういう道が見えてきました。

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2012年1月、鈴木酒造店 長井蔵にて早朝から仕込みを行う鈴木さん。ここから新たに3ブランドの酒が誕生している。

(取材日:2016年8月)

鈴木大介(すずき・だいすけ)
株式会社 鈴木酒造店/株式会社 鈴木酒造店長井蔵 杜氏。1973年福島県浪江町生まれ。江戸時代末期から続く鈴木酒造店を代表するブランド「磐城壽(いわきことぶき)」は祝いの酒として地元の人々に愛されてきた。震災と原発事故以降、試験場に預けていた酒母が残っていたことと、山形県長井市で廃業を考えていた「東洋酒造」との出会いがあり、2011年11月より営業再開。「磐城壽」「一生幸福」「親父の小言」「土耕ん醸」「鄙の影法師」、復興支援酒「甦る」という6つのブランドを手がける。

 

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